コラム
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メンタルトレーニング

本稿は自動車雑誌連載記事です。

第19回 冬に蓄える

 暑い夏のさなかから、冬に備えて一生懸命に食料を運んでいるアリに、キリギリスがバカにしたように話しかけます。「アリ君、こんな暑い中、キミはどうしてそんなに一生懸命働くんだい? 少しはボクのように、もっと楽しく毎日を過ごしたらどうなんだい?」
 これにアリが答えます。「ボクは冬に備えて、今から食べ物を蓄えているんだ。キリギリス君も遊んでばかりいないで、少しは冬の準備をしておいたほうがいいよ」
 これに対してキリギリスは、「冬だって? まだまだ先の話じゃないか。それに食べ物だってこんなにたくさんある。あくせく働いてばかりなんて、愚かとしか言いようがないよ」と黙々と働くアリをバカにして笑いました。
 やがて秋が過ぎ冬になって、このキリギリスは飢えてアリに助けを求めますが結局はのたれ死んでしまいます。どういうわけか、最近の日本の絵本ではアリに助けられることになっていますが、原作では実人生の厳しさのとおり助けてはもらえません。
 これはイソップの『アリとキリギリス』という有名な寓話です。今から2600年も前に書かれたというイソップ物語には、この『アリとキリギリス』のお話ばかりでなく、21世紀を生きる私たちの心の問題を考えるヒントがたくさんあります。

 さて、アリは夏の間に冬の備えをしましたが、スポーツ選手はシーズンオフに来シーズンの備えをしなくてはなりません。厳しい冬にこそ、心・技・体のあらゆる面で、しっかりとした基礎固めが必要です。そうしたたくさんの選手たちが、12月になると私のところに相談にやってきます。来シーズンの目標を立てるためです。
 かつてプロ野球の選手たちは、シーズンオフになると「結婚式」と「ゴルフ」のはしごをしながら、野球とは離れてひたすら休養につとめていたものです。ところが最近の選手は、オフでも本当によく練習をしています。冬にせっせと蓄えているのです。
 もう25年以上も前のことになりますが、私が体操選手をやめてコーチの道を歩き始めた頃に、そのことを改めて痛感させられる文章に出会いました。それは志村ふくみさんの著書である『一色一生』(求龍堂)の中の一文でした。志村さんは草木染めの第一人者として高名な方ですが、あるとき桜色を染め出そうとされたそうです。
 普通に考えれば、美しく咲いた桜の花びらをたくさん集めてきて、それを煮出して染めることで、きれいな桜色になりそうなものです。ところが志村さんのお友だちがそうしてみたところ、いくらやっても灰色がかったうす緑にしかならなかったというのです。
 それではどうしたら桜色に染めることができるのでしょうか。その答えは、冬の木にありました。このことを志村さんは、次のように述べられています。

「まだ折々粉雪の舞う小倉山の麓で桜を切っている老人に出会い、枝をいただいて帰りました。早速煮出して染めてみますと、ほんのりとした樺桜のような桜色が染まりました。
 その後、桜、桜と思いつめていましたが、桜はなかなか切る人がなく、たまたま9月の台風の頃でしたが、滋賀県の方で大木を切るからと聞き、喜び勇んで出かけました。しかしその時の桜は、3月の桜と全然違って、匂い立つことはありませんでした。
 その時はじめて知ったのです。桜が花を咲かすために樹全体に宿している命のことを。一年中、桜はその時期の来るのを待ちながらじっと貯めていたのです。
 知らずしてその花の命を私はいただいていたのです。それならば私は桜の花を、私の着物の中に咲かせずにはいられないと、その時、桜から教えられたのです。
 植物にはすべて周期があって、機を逸すれば色は出ないのです。たとえ色は出ても、精ではないのです。花とともに精気は飛び去ってしまい、あざやかな真紅や紫、黄金色の花も、花そのものでは染まりません」

 いかがでしょうか。来シーズンに大輪の花を咲かせたいのであれば、オフにこそ力を蓄えなくてはならないのです。

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