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ビジネスに活かす
メンタルトレーニング

本稿は自動車雑誌連載記事です。

第27回 仏典に学ぶコミュニケーション・スキル

1.教育者の心構え
  人を動かす、あるいは動いてもらう方法の仏教版をお伝えします。
 今から2500年ほど前にインドで仏教を興されたお釈迦様が、人に教えを説く時の心構えを4つ言われたというのです。それは四摂法と呼ばれており、「布施」「愛語」「利行」「同事」の4つです。
 私に最初にヨーガを教えてくださった故佐保田鶴治先生(大阪大学名誉教授、インド哲学)は、「教育者の心がまえ」という短い講話の中で、この四摂法について次のように述べられています。
 「四摂法という相手を自分に引き寄せる方法があるんです。これは菩薩が仏教を説く場合、まず相手を自分の方に引き寄せるためのものです。自分が魅力ある存在にならなかったら相手は決してついてこない。つまり、『あんな男が……』と思われる人が、なんぼ良いことを言っても聞かないでしょう。だから教えを説くには、相手を引き寄せる方法を知らなければならない。その方法が4つあるから四摂法というのです。
 1つ目は『布施』といって相手にものをあげること。例えば子どもにお菓子をあげる。ものを貰うと嬉しいからその人になつくでしょう。2つ目は『愛語』といって、やさしい言葉を使う。決して荒い言葉を使わぬようにする。これが愛語なんです。3つ目は『利行』といいます。その人の仕事を助けてあげて、利益を与えることです。4つ目は『同事』といって、その人と同じような身分や境遇になることです」
 私がこの講話録を四摂法について知ったのは、30歳になったばかりの頃です。すでに大学の教師として教壇に立ち、コーチとしても多くの選手に教えていましたが、それまでの指導ぶりをこの四摂法から見直してみると、まったく何もできていないことに気づかされて愕然としました。

2.『正法眼蔵』、「菩提薩埵四摂法」の巻
 日本曹洞宗の開祖である道元禅師が著した『正法眼蔵』全95巻に、「菩提薩埵四摂法」の巻があります。
 道元禅師が生涯をかけて遺した『正法眼蔵』は、長い禅の歴史をもちながら哲学的大著の乏しいわが国では例のないほどの大著述であり、かつ難解な書と言われています。
 また、その文章の美しさは傑出しており、原文を繰り返し音読するのが最も良い読み方、良い理解の仕方と言われています。私もこれまでそのように読んできました。
 道元禅師はこう言います。
 「『布施』とは貪らないということ。貪らないとは世の中にへつらわないということである。例え世界の統領になっても、正しい仏道の教化を施すには貪らないことだけである。…布施そのものの軽少とか多いとかは問題ではなく、相手のためになるものか、どうかが問題なのである。『愛語』ということは、人々に接した時に、まず慈愛の心を起こし、相手の心になって慈悲の言葉をかけることである。一切の暴言・悪言を吐いてはならない。…人々に接する時には、赤子に接するような慈悲、愛撫の心をもって言葉を交わすことが愛語の行いである。…『利行』というのは、相手の地位や身分にかかわらず、多くの人に幸福な生活ができるような道を教えることである。…世の中の愚かな者は、他人の利益を考えると、自分の利益がなくなると考える。けれどもそうではない。『同事』ということは、自分にも他人にも違わないこと、自他の面目が各々に違わないことである。…同事ということが明らかになると、自己と他己とは一体であることがわかる」
 道元禅師は、『正法眼蔵』の「愛語」についての一節を、「しるべし、愛語は愛心よりおこる、愛心は慈心を種子とせり。愛語よく廻天のちからあることを学すべきなり、ただ能を賞するのみにあらず」という一文で締めくくっています。
 特に、文中最後の「廻天のちから」に注目してください。これは「愛語には、たった一言でその人の人生を180度変えてしまうほどの威力がある」という意味です。指導者の発する言葉はこれほどの力を持っているということを、道元禅師もきっと強調したかったに違いありません。

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