コラム
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ビジネスに活かす
メンタルトレーニング

本稿は自動車雑誌連載記事です。

第32回 ヨーガに学ぶメンタルトレーニング1

 前回、この20数年間、私が毎朝ヨーガを行っているということを少しだけ書きました。今回からは、ヨーガとメンタルトレーニングについて書かせていただきます。私がヨーガに出会ったのは1985年の夏、ちょうど体操競技の全日本学生選手権のために、京都に行っていたときのことです。
 私は子どものころから本を読むのが好きだったせいか、今でも暇さえあれば書店に立ち寄るのが習性のようになっています。その夏のある日、私はいつものように書店に入り、何か面白い本はないかと店内を歩き回っていました。あれこれ書棚を眺めているうちに、ふと『ヨーガ禅道話』(人文書院)という本が私の目に留まりました。

 ヨーガというと何か神秘的なイメージを抱いたり、美容体操の一種だと思ったりする人も多いかもしれません。私自身もこのときまではそうでした。ヨーガについてのそうした無知さとあいまって、佐保田鶴治先生の本の書名が『ヨーガ禅道話』となっていたことにも違和感を覚えたものでした。「日本の禅―こういう発想そのものが貧困で誤っているのですが―と、インドのヨーガがどうして一緒くたになっているんだろう。変な題名の本だなあ。いったいどんなことが書いてあるんだろう」と思いながら手にしたのですから、人生何が幸いするか分かりません。
 このとき私がこの本を手にしていなかったら、とても今のようにいろいろな種目の一流選手たちを相手に、メンタルトレーニングの指導などできなかったはずです。今にして思えば、私にとってはまさに人生のターニングポイントともいうべき大事件だったのです。

 本屋で立ち読みしながら、これはすごい本に出会ったと思い、すぐに買ってもう一度じっくりホテルで読み直しました。そこには東洋的人間観や心身論が実にわかりやすく説かれており、読めば読むほど感心させられることばかりでした。その一方で、どうして私はこうしたことを、大学や大学院で教わらなかったのだろうとも思いました。
 大学では体育の専門学部に進み、解剖学や生理学、心理学といった人間の心や体に関する基礎知識も少なからず教わっていました。しかし、そこで学んだ体育に関する専門知識は、すべてと言って良いほど西洋的なバックグラウンドのもとに構築されたものだと、このとき初めて気づかされました。さらにこのことはスポーツの世界に限らず、現在の日本の教育や医学においても、事情は少しも変わらなかったのです。

 佐保田先生の『ヨーガ禅道話』を読んで感動した私は、こんなにすばらしい内容をこんなにも分かりやすく書かれるのはよほどの方だろうと思い、巻末の著者紹介を開きました。そこには大阪大学名誉教授インド哲学専攻から始まり、先生の数々のすばらしい業績とあわせて、62歳からヨーガを始められ、現在は日本におけるヨーガの第一人者と書かれていました。そして最後には、京都の桃山にお住まいだとあったのです。
 何をやってもたいしたことのない私ですが、一つだけ取り柄らしいものを挙げるとすれば、思い立ったらすぐに行動できるということです。本を読んで感激し、著者紹介を見たら先生は京都にお住まいだと書いてある。今、自分は京都にいる。こうなると私の思考回路は、「この機を逃してはならない。何とか京都にいるうちに先生にお目にかかって教えを受けたい」と巡ったのです。
 道元禅師は「切に願わば、必ずとぐるなり」と言われましたし、仏教詩人の坂村真民先生は「念ずれば花ひらく」と言われました。私はこうした言葉を今でも信じています。そしてこのときも願いは通じたのでした。当時、佐保田先生はすでに86歳になられており、それからちょうど1年後にお亡くなりになられました。ですから、このとき私がお手紙でも差し上げた上でお会いしようなんて考えていたら、おそらくこの世で先生にお会いすることはできなかったと思います。

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